和歌山地方裁判所 昭和63年(レ)9号 判決 1989年10月18日
控訴人(原告)
田野岡義之
被控訴人(被告)
孫野安太郎
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 控訴人は、昭和六二年一二月ころ、被控訴人から、被控訴人が同年三月一三日和歌山県西牟婁郡串本町一七三五番地先国道四二号線道路上において鈴木光明(以下「鈴木」という。)の運転する自動二輪車にはねられて重傷を負つた事故による、被控訴人の鈴木に対する損害賠償請求に関する示談交渉の委任を受け(以下、「本件委任契約」という。)、同六三年一月三〇日、左記内容の示談を成立させた(以下「本件代理行為」という。)。
(一) 鈴木は被控訴人に対し、治療費、雑費、付添看護料を支払つた。
(二) 被控訴人は、今後の入院治療費について、身体障害者医療免除を受ける。
(三) 被控訴人は、鈴木に、後遺症を含むすべての諸費について請求しない。
(四) 鈴木は、被控訴人に対し、自賠責保険のほか、慰謝料金一八〇万円を支払う。
2 被控訴人は、右同日、控訴人に対し、本件代理行為の報酬として、金五四万円を支払つた。
3(一) 控訴人は、弁護士資格を有しない。したがつて、本件代理行為は、控訴人が、報酬を得る目的で一般の法律事件に関し、法律事務を取り扱つたものとして、弁護士法七二条に違反し、本件委任契約も、民法九〇条により無効となる。
(二) 仮に、弁護士法七二条につき、周旋以外の行為にあつても業務性が要件となると解しても、以下の事実により、本件代理行為には、業務性が認められる。
(1) 昭和五四年ころ、被控訴人が藤田虎夫(以下「藤田」という。)に対する債権の取立て方を控訴人に依頼したところ、控訴人が、金六〇万円を回収し、これに対し、被控訴人は報酬として金二〇万円を支払つた。
(2) 右(1)の前例があつたため、被控訴人は、本件においても控訴人に示談交渉を依頼したものであり、報酬についても、右(1)同様三割を支払つたものである。
(3) 本件においては、被控訴人は重傷を負つており、また、控訴人が依頼を受けた時点では入院中であり、後遺症の可能性もある重大かつ継続的な法律事件であつた。
(三) なお、本件委任契約に基づく報酬は、不法原因給付に該当するものであるが、民法七〇八条但書により、被控訴人はその返還を請求できるものというべきである。
すなわち、被控訴人が本件代理行為を依頼したのは、前記のとおり、以前に控訴人に債権の回収をしてもらつたことを思い出したからに過ぎず、また、被控訴人は本件の事故によつて重傷を負い、鈴木との賠償交渉も進まなかつたこと、さらに、被控訴人が強度の難聴に罹つておりかつ読み書きの能力が著しく劣ることから通常人の判断能力を有しなかつたことに鑑みれば、本件委任契約に至つたことも、やむをえなかつたというべきであるから、仮に被控訴人に不法性があつたとしても、控訴人の不法性の方が著しく大である。
(四) 仮に、全額の返還が認められないとしても、被控訴人と控訴人の不法性の大小を検討し、割合的認定をすべきである。
4 また、本件委任契約は、被控訴人が通常人の判断能力を有していないことに乗じた暴利行為として無効である。すなわち
(一) 控訴人は、昭和六三年一月二二日及び二六日の二回各二時間くらいずつ、鈴木と交渉したに過ぎず、被控訴人との連絡を考慮しても、前記報酬に見合つた労力を費やしたものとはいえない。
(二) 被控訴人は本件事故により重傷を負つていたものであり、示談の時点ではまだ入院中であつて、後遺障害については不明であつたにもかかわらず、本件代理行為は、一八〇万円で全面解決とするものであり、被控訴人に不利なものであつた。
にもかかわらず、控訴人は、被控訴人に示談内容を読み聞かせるなどして理解させることもせずに調印することをすすめたものである。
(三) 大阪弁護士会報酬規定によれば、本件委任契約にかかる標準報酬額は金一五万円である。法曹資格を有する弁護士ですらこの程度の報酬しか請求できないことに鑑みれば、本件委任契約の報酬が不当であることは明白である。
5 よつて、被控訴人は、不当利得返還請求権に基づき、金五四万円及びこれに対する本件訴状の送達の翌日である昭和六三年七月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の各事実は認める。
2 同3(一)の事実中、控訴人が弁護士資格を有しないことは認め、その余は争う。
同3(二)の事実中、(1)は金額を除いて認め、その余はすべて争う。
同3(三)及び(四)はいずれも争う。
3 同4は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。
二 被控訴人は、本件代理行為が弁護士法七二条に違反し、したがつて、本件委任契約も、民法九〇条により無効であると主張するとともに、本件委任契約については、控訴人の不法性が被控訴人のそれより著しく大であるから、民法七〇八条但書により、被控訴人は、不当利得返還請求権を失わない旨主張するので、以下検討する。
1(一) 控訴人が弁護士資格を有しないことは当事者間に争いがない。
(二) 前認定のとおり、控訴人は、本件代理行為の報酬として金五四万円を受領しているところ、昭和五四年ころ、被控訴人が藤田に対する債権の取立て方を控訴人に依頼し、控訴人が(金額はさておき)その債権を回収したので、被控訴人がこれに対し報酬を支払つたことは当事者間に争いがないから、控訴人が、本件委任契約にあたり、報酬を得る目的を有していたことは明らかである。
(三) 弁護士法七二条本文は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、業として、同条本文所定の法律事務を取り扱いまたはこれらの周旋をすることを禁じたものと解され(最高裁判所昭和四六年七月一四日大法廷判決刑集二五巻五号六九〇頁参照)、また、右にいう「業として」とは、反復的にまたは反復の意思をもつて法律事務の取扱等をし、それが業務性を帯びるにいたつた場合をさすと解すべきである(最高裁判所昭和五〇年四月四日第二小法廷判決民集二九巻四号三一七頁参照)。
これを本件についてみるに、前認定のとおり、控訴人は、昭和五四年に藤田に対する取立てを委任され、これにより報酬を受けており、また、原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、右依頼に至つたのは、被控訴人が今福某から、控訴人が取立てを商売にしていると紹介を受けたためであること、控訴人は、被控訴人から、他にも取立ての依頼を受けたことがあるが、相手がやくざのようだつたために受任しなかつたこと、及び控訴人が、本件代理行為に先立ち、被控訴人に対し、後遺症についても手続をしてやる旨話していたことが、それぞれ認められ、以上を総合すると、本件代理行為は、反復継続の意思をもつてなされたものであり、したがつて、業としてなされたものと認められ、右認定に反する証拠はない。
(四) 以上に加え、本件代理行為が、一般の法律事務にあたることは明らかであるから、右行為は、弁護士法七二条本文に違反し、したがつて本件委任契約も、公序良俗に反するものとして無効である。
2 右によれば、本件委任契約に基づく報酬金五四万円は、不法原因給付に該当するものというべきところ、被控訴人は、本件委任契約ないし代理行為については、控訴人の不法性が被控訴人のそれに比して著しく大であるから、民法七〇八条但書の適用があり、被控訴人はその返還請求権を失わない旨主張する。
そこで検討するに、請求原因3(三)に主張の事実中、被控訴人が強度の難聴に罹つておりかつ読み書きの能力が著しく劣ることは、成立について争いのない甲第四号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果によつて認めることができるが、このことをもつてただちに被控訴人が通常人の判断能力を有しないと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、被控訴人が本件代理行為を依頼した契機や、賠償交渉が進まなかつたことは、いずれも資格ある弁護士を依頼することの妨げとなる事情とは解しがたいから、本件委任契約につき、被控訴人の不法性を阻却するものということはできない。そして、原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、本件委任契約についても、また、前認定の昭和五四年の取立ての件についても、直接関接の差はあれ、被控訴人から積極的に控訴人に依頼しているものであり、控訴人から進んで被控訴人に働きかけ事件に関与したものではない事実が認められ、このことに照らせば、本件において不法性が控訴人のみにあるといえないことはもちろん、控訴人の不法性が被控訴人のそれに比して著しく大であるということも到底できない。
よつて、民法七〇八条但書の適用をいう被控訴人の主張は失当として排斥を免れない。
なお、割合的認定をいう被控訴人の主張は、公序良俗に反する行為に加担した被控訴人に対し、国家が積極的に助力することになり、民法七〇八条の趣旨に反するものであるから、採用の限りでない。
三 被控訴人は、本件委任契約が暴利行為であると主張するが前認定のとおり、本人委任契約は、弁護士法に違反し、公序良俗に反するものとして無効であり、被控訴人は、同契約による報酬の返還を、それが不法原因給付であるがためになしえないのであるところ、報酬の金額が大きいからといつて、その不法性が左右されるいわれはないから、本件において暴利行為の観念をいれて、被控訴人の保護をはかる余地はないものというべきである。
よつて、この点に関する被控訴人の主張も失当というほかない。
四 以上によれば、被控訴人の本件請求は理由がないからこれを棄却すべく、これと結論を異にする原判決は不当であるからこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 弘重一明 安藤裕子 久保田浩史)